ジュ スイ シャルリー、シャルリー エブド襲撃事件/イタリアの反応

 

「ジュ スイ シャルリー」と書かれた旗の掲げられたリアルト橋

「ジュ スイ シャルリー」とヴェネチア市が掲げた旗のあるリアルト橋/ヴェネチア

「シャルリー エブド」誌銃撃事件は、隣の国で起こったテロリズムとして、イタリアにも大きな反響を巻き起こしました。「シャルリー・エブド」は、この事件を恐れず、預言者ムハンマドをトップページに出して、その次号を発行しましたが、このテロに反対して、世界の新聞社の間で、このテロ以降の新しい「シャルリー・エブド」誌のコピーを出版することが 提案され、イギリスを除いたヨーロッパの大国の多くの新聞はこのコピーを発行しました。最初のページに預言者ムハンマドが、手に「ジュ スイ シャルリー」と書いた紙を持ち、涙を流していいる風刺画があります。上には「すべては、(すでに)赦された」と書かれています。これは、この事件で起こったことに恨みは持たない、すでにあらゆることが赦されたという意味です。どちらにしてもこの「シャルリー・エブド」誌のコピーを出版するというのは勇気のいる行為でした。イタリアではこの誌を出版したのはイル ファット クオティディアーノだけでした。この発刊に伴って、編集部や、協力している記者達の間でたくさんの意見が交わされたようですが、中でもこの出版の最終決定をまかされたディレクターのAntonio Padellaroと、それに反対したMassimo Finiの意見が興味深いものですので、ここに紹介します。

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Antonio Padellaro

Antonio-Padellaro 「Il fatto quotidiano」のディレクター

Antonio-Padellaro 「Il fatto quotidiano」のディレクター

『なぜ、Yes か』

どうして、発刊するのか?どうしてかといえば、金曜日に、「シャルリー・エブド」誌の生き残りの編集部に電話をしたとき、電話の向こうでこんな答えが返ってきた「ありがとう、あなた達はイタリアで唯一申し込んできてくれた新聞社です。」。この答えは僕たちに誇りと恐れを同時に与えた。僕らが考えたのは『たくさんの新聞が考えたはずなのに、どうして僕たちだけなんだろう。』ということだった。

同僚や友人達が殺されたあと、「シャルリー・エブド」誌の人々が、予言者達やカッリッフォ達に対して決して甘くはない絵を描くに違いないのに、それを出版するということについて、僕らはディスカッションしたからだ。何人かは「イスラムや法王に対して攻撃的なものは出版するべきではない。」と言った。他の人は、「僕らは内容ではなく原則を保護する義務がある。どちらにしても表現の自由は守らなければいけない。」と言った。多くの人がいつものようにヴォルテールを引用した。「君の意見には同意しない。だけど、君が意見を発表できるために、僕は命をおしまない」(ヴォルテール)。(最初のちょっとひっかかるグループは、「だけど、こんな空気の中で、命は大事だよ。」と言った。)

どうしてかといえば、ぼくらは頑固で片意地が強いからだ。「意地悪で、馬鹿げている」という評判の無遠慮なあの風刺誌を出版するのは、これが、この銃撃のあとメデイアが続けている偽善に満ちた口だけのディスカッションに答える唯一の方法だからだ。この「シャルリー・エブド」誌の出版で入る収入の一部を犠牲者の家族に贈ることができて、これが僕らの気分を軽くしてくれるからだ。最後には編集部で、「Sì(そうだ)、僕たちはしなければならない」と、みんなが叫んだからだ。僕らがしなければ誰もしないからだ。ディレクターが疑問を出したとき、みんなが「君がディレクターだから、最後の決定は君がすべきだ」と言ったからだ(まったく、あてにならない、いい友人達だ!)。月曜日の夜、僕らが「シャルリー・エブド」誌のトップページを見たとき、そこに「ジュ スイ シャルリー」と書いた紙を持った、涙を流してる予言者を見たからだ。上には、「すべてが、赦された」と書かれているのを見た。僕らはこのアイデアはばすばらしいと考えたからだ。

風刺画家のLuzが「僕は泣いている予言者ムハンマドを描いたとき泣いた。」と言ったのを聞いたからだ。僕らは彼と共に泣いたからだ。

そう、僕らはちょっと気違いだからだ。

だから今日「シャルリー・エブド」誌を出版したのだ。

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『僕なら、出版しなかった』

Massimo Fini 新聞記者

Massimo Fini 新聞記者

Massimo Fini

僕がイル ファット クオティディアーノのディレクターだったら、「シャルリー・エブド」誌のスペシャルナンバーの出版はしなかった。なぜかと言えば、こうすることで、どこでも大声で言われている騒々しいあの「ジュ スイ シャルリー」というレトリックな叫び声と同じレベルになってしまうからだ。叫ぶだけなら努力は要らない、パリのあのデモンストレーションのように、Isisの首切り将軍のように、人々の恐れだけを強調する事になって、道を見失ってしまうことになるからだ。

「シャルリー・エブド」は、イスラム過激派の特別の的だった – フランス警察が適切にその保護をしていなかったのは驚くべきことだ – しかし多くの的の一つだった。実際すぐあとにはKosherスーパーマーケットが襲われた。問題は出版の自由ではない。僕らいつも自分中心に考える新聞記者達はこの問題に集中したとしても。問題は別のところにある。

すでに10年以上、僕たちはイスラムを攻撃し続けている/アフガニスタン(2001)、イラク(2003)、ソマリア(2006/7)、リビア(2011)そして、最後は、これでも満足せず、Isisが、正当に自分たちの領域で闘っている領地に爆弾とドローンで侵入した。すでに10年以上僕らは戦争を続けている。何百何千という市民を他国で殺し続けている。だけど、この戦争は僕らのそばで行われなかったので、僕らの領地は直接関わらなかったので、僕らは気にもしなかった。今になって、避けることのできないお返しが来てる訳だ。

僕はもちろんその行為ではなく、Amedy Coulibalyの死後に残された遺書の言葉の一部に共感する。「僕らがしていることは正当だ。僕らは反撃できないのに、攻撃され続けている。あなた達とあなた達の連帯の国々は市民の上に毎日爆弾を投下している。あなた達が世界の運命を決めるのか?僕らの土地の運命を決めるのか?ノー。こんなままにはしておけない。僕らは闘い続けるだろう。」

僕らが今しなければいけないのは、僕らの誤りについて反省して、僕らが何年も続けているこの戦慄すべき行為について反省することだ。「シャルリー・エブド」誌のコピーを発行するかどうかなどという問題ではない。

……………..  (新聞、Il fatto quotidiano 1月14日から)

イタリアはベルスコーニ氏のような人もいますが、このような明晰な勇気のある新聞記者、知識人などがいます。自由に質の高いディスカッションが行われる「Il fatto quotidiano」のようなスペースがあります。ちなみに「Il fatto quotidiano」は唯一、国からの融資を受けていない独立した新聞です。まるで闇の中を手探りで動くように、理解することの難しい現代社会ですが、こんな新聞の存在のおかげで、現実をメディアが伝えるまま受け入れるのではなく、判断することができる批判力ができてきて、闇の奥の方に小さな光がみえるようで、完全に道を見失った気分になることが避けられる国でもあります。

 

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筆/ヴェネチア 公認ガイド 田口やよい