パン エ ヴィン、 1月5日、ヴェネトが燃える夜/サンヴェンデミアーノ

 

燃えるロビ、10メートルほどの大きな火です。

燃えるロビ、10メートルほどの大きな火です。

 

ロビの上の流れ星

ロビの上の流れ星

IMG_2946

ロビの周りに集まった人々。

ロビの周りに集まった人々。

 

 

 

 

 

 

 

 

パン エ ヴィン、 パンとワイン、こうヴェネト人達は呼びます。1月5日の夜、ベネト地方のあらゆる場所で火が焚かれます。冬を燃すとも言います。冬が焼かれて春が来ると言われます。時には、冬は「ヴェッチャ」とよばれる魔女に象徴されて、この人形がいっしょに焼かれる場所もあります。

この夜、ヴェネト地方を車で回るとあらゆるところで火が燃えています。何となく中世の夜が思い出されて、とても神秘的な夜でもあります。最近、エコー的な理由から、少なくなったとはいえ、ヴェネト全体が煙に覆われます。木の燃える臭いでいっぱいになります。枯れた枝や、ロビと呼ぶつるや草木を集めて、これを山のように積んで燃します。ヴェネトの農民達の昔からの習慣です。家の側で一メートルぐらいの小さい火を燃したり、それぞれの街の広場で家ほどもある草木の山が作られて、その周りに町中の人が集まり、火をつけます。この高さはかっては15メートルにもなりましたが、今では安全を考えて、最高でも10メートルぐらいです。周りでは、耳に痛いほど大きくいろいろなディスコ風の唄が流され、町中の人が集まり、村祭りのようなもので、ヴィンブルレー(ホットワイン/ワインの中にカーネーションの種とシナモン、リンゴを入れて煮ます)とピンツァ(とーもろこしの粉と干しぶどう、クルミで作ったお菓子)が、配られて、この二つはこの夜欠かせないものです。このホットワインとピンツァの代わりにそれぞれの人が小額を寄付し、このお金は慈善団体などにあてられます。

IMG_2908

長いこと行く機会がなかったのですが、今年私が見に行ったパン エ ヴィンは、コネリアーノからそんなに遠くない、サンべンデミアーノという街の パン エ ヴィンでした。この街は小さな街ですが、ワインのプロセッコでも有名ですし(ヴァルドヴィアデネはすぐそばです)、有名なサッカー選手、デル ピエロの出身地としてもよく知られています。

ワインを作っている農家もありますが、このあたりは今、小規模で時には家族単位で小工場を営んでいる人々がほとんで、この経済危機にもかかわらず、裕福な人々がいるようで、コネリアーノの街などは、メストレなどでは見ることができない高級車がたて続けに停まっていて、コネリアーノの中心地は、ヴェネチアでもあまりないようなエレガントな店が列んでいます。このコネリアーノのあたりからもうトレビーゾの有名なワイン産地が近くなって、どのバールに入っても、美味しいワインがいろいろそろっていて、安くて美味しいワインをいろいろ味わえるところでもあります。(コネリアーノは1400年から1500年初めにかけて活躍したヴェネツィア派の画家、チーマ ダ コネリアーノの出身地としても知られています。)

サンベンデミアーのパン エ ヴィンは、夜8時半頃、もう人でいっぱいの農地の一部の真ん中に10メートルほどの大きな枝の山(ロビ)が用意された広場に、まず子供達が松明を持って行列をして歩いてきました。子供達がロビの山の周りに丸く列ぶと、花火があげられ、この花火のあと、また仕掛けで、遠くから流れ星のような火が渡ってきて、これが、ロビの頂点の花火に火をつけます。印象は流れ星が落ちたような感じでした、この後子供達は用意されたロビの中のいくつかの穴に松明を放り込みます。これと同時にロビに火がついて、どんどん上に火が昇っていきます。一番頂上に達するには30分ぐらいかかります。安全のために人々は5メートルほどの距離を持って立ちますが、火が燃え始めると熱くて、顔を火に向けていられないほどです。火は中の方は一週間燃え続けると周りの人が話してくれました。

IMG_2980

ピンツァを食べる人。奥に見えるAVISは、臓器寄付団体のシンボル/集められたお金はAVISにいく。

IMG_2982

かって、農民達にとっては、これはドキドキする瞬間でもありました。昔からいわれがあって、火の粉と煙が東にいくとその年は不作で、西にいくとその年は豊作の年で、鍋がポレンタ(トウモロコシで作ったパンのようなもの、かって、ヴェネトの農民の主食でもあった)で、いっぱいになると言われました。(Se le fuische va a mattina ciol su el sac e va a far farina…se le fuische va a sera ghe sarà polenta piena caglera /火の粉が朝に向かっていけば、袋を持って、粉を探しにいけ…火の粉が夕方に行けば、銅鍋はポレンタでいっぱいになる)今年は東に向かって火の粉が流れました。

もう、農業で生活している人は少ないのですが、ヴェネトはまだ農村の深い伝統が残っています。たいていの人は自家用の畑を持っています。放っておいても野菜ができる豊かな土地がヴェネトです。サンヴェンデミアーノ、この小さい街の連帯はまだ崩れてはいないようで、和気あいあいとした、生き生きした村祭りでした。日本人はこんな小さい街で、こんな夜は珍しいらしく、子供達が私を見に来るというシーンも、一回だけですが、ありました。

IMG_2990

ヴィンブルレー(ホットワイン)

寒くって、ヴィンブルレーが美味しく、ピンツァも美味しい夜でした。

ただ、この夜、ヴェネト地方の微小浮遊粉塵率は、普段の5、6倍になり、環境衛生のためには、ネガチブですので、この習慣を止めるかどうかディスカッションの的になっているのも事実です。かって、工場生産や、車が微小浮遊粉塵を排出しなかった時代には、一晩ぐらい微小浮遊粉塵が出てもたいしたことはなかったのですが、この先いつまで続けることができるかわからないこの過去からの習慣です。

IMG_2989

ヴェネツィア観光 ここをクリック

IMG_2886

松明を持った子供達と親達の行列

 

 

火の粉(フイッセ)がどの方向に無垢かによって、今年が豊作かどうかわかると言われます。

火の粉(フイッセ)がどの方向に向かうかによって、今年が豊作かどうかわかると言われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェネツィア観光 ここをクリック

ホームページ ブログ/他の記事を見る

http://italiavenezianewsblog.wordpress.com

筆/ヴェネチア 公認ガイド 田口やよい

ヴェネチア観光/   http://www.venicevisit.com