ヴェネチア最古のレストラン/ダ ロマーノ(ブラノ島)の主人、ルイジさんにインタビュー

 

ヴェネチア最古のレストラン/ダ ロマーノ(ブラノ島)

ルイジ セーノ氏、ダ ロマーノの主人にインタビュー

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オステリア ダ ロマーノ

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ブラノの町並み

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ルイジ セーノさん

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スキエの皮を剥くブルーノさん

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こんなきれいにしていて、ほんとうに料理でいるのかしらと思うようなキッチン

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エミリオ ヴェドーヴァの絵

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ウンベルト モジョリの絵

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とても清潔なキッチン

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ミロのデッサン(リブローネ)

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ノヴェッロの絵 (真ん中はロマーノ、周りはジーノロッシなど、ムラノ派の画家達)

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リブローネ(大サインブック)

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マチスのデッサン (リブローネ)

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四代目ルカさん

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リゾットの柱

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今、ダ ロマーノがあるところに昔あったレース学校の中

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ジーノ ロッシの絵

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シェフとリゾットの柱、どんなにがんばっても一番高い時を撮ることができませんでした。

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頭柱からでてるガラスのランプ(レストラン内部)

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ゴのリゾット

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ウンベルト モジョリの絵 (肖像画)

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「さあ、私の王国に来てください」とキッチンの入り口で微笑むリンダさん

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ダ ロマーノ自慢のミックスフライ

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スキエを剝いてるブルーノさん

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リブローネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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三時間の仕事あと、剝いたスキエを見せるブルーノさん (左がスキエ、右は殻)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ルイジ セーノ氏、ダ ロマーノの主人にインタビュー

ルイジさん、こんにちわ。ルイジさんはダ ロマーノ、このレストランの持ち主でいらっしゃいますね?

そうです。僕は、バルバロ ロマーノの孫、ロッセッラと結婚をしました。ロッセラと僕、ロッセラの妹、アンナとその夫が、三代目の持ち主です。ロマーノはジージャ(ルイージャ)との間にオラツィオという息子が生まれます。このオラツィオの妻が、今ここにいる僕のお姑さんリンダです(ルイジさんは向こうにいるリンダさんを指し、リンダさんはこちらにニコニコ笑いかけてくれました)。リンダはオラツィオと結婚して、アンナとロッセッラという子供が生まれます。そしてロッセラが僕の妻です。今僕の息子がやり始めましたから、この店は4代目の経営です。

ダ ロマーノが最初始まったのはいつなんですか?

1800年の終わりに始まりました。その頃は、ブラノは完全に孤立した島でした。今のようにバポレットの連絡船もありませんでしたし、想像できるかな?きっと想像できないと思うよ。とくに冬なんかは霧に閉ざされた、海の真ん中の、世界からはほど遠い、完全に忘れられた島だったんですよ。貧しい島でした。漁業だけで生活してたほんとうにさみしい貧しい島だったんです。だから最初の店は、漁業用の網や、サンダルなんかも売りながら、魚のフライを作って隅で食べさせているようなものでした。ロマーノのお父さんとおじさんがこの店を初めて、それをまだ子供のロマーノが手伝ってました。ロマーノはこの経験のあと、17歳の時、オステリア(居酒屋)を開きます。最初のオステリア「ダ ロマーノ」はこの横にあって、この今の場所ではなかったんですよ。

もうこの頃、1900年の初めには、ブラノ派の画家達が通い始めます。もちろんまだそんなに誰も名も知られていない頃ですが。

そのころから、壁に今こうしていっぱいある絵のコレクションが始まったんですね。

そうですよ、有名な画家達の絵がたくさんあります。合計450のコレクションです。強調したいのは、これが一つも買った絵ではなくて、全部、画家達がプレゼントしてくれたものだということです。セメギーニ、ジーノ ロッシ、モッジョリ、ヴェラーニ、デピシス、マルキーニ、ヴェードヴァ、カレーナ、名前を挙げたらきりがありません。

まだ名のない画家がここで食事をして、絵を置いていったと言われますが….

と言うより、だんだんとこの店、画家達の集まる場所になって、ロマーノに絵をプレゼントするのが習慣になってきて、みんな競争してプレゼントしたんですよ。ロマーノはこういう画家達みんなの友達でした。

そうすると今のダ ロマーノは?

1947年に昔ブラノにあった12のレース学校のうちの一つが閉まり、その場所を買って改造して今のダ ロマーノになったんです。ちょうど、前のオステリアの隣だったんです。あとでこの昔のレース学校の写真を見せてあげますよ。

ダ ロマーノは、伝統的な古いレストランとして有名ですね?

そうですよ。あらゆる有名な人々がここに来ました。ここの署名本「リブロー(大きな本)と呼んでますが、今26冊目になりました。一番古いものは1920年に遡ります。マチスやミロのサイン、デッサンもありますよ。あとで見せてあげます。他にもそれこそ有名な人々のサインがあります。ヘミングウェイ、マリア カラス、チャリー チャプリン、ルイジ エイナウディ、ペギー グッゲンハイム、フェデリコ フェリーニ、カーター大統領、ニコラス ケージ、数えきれません。最近ではフィリップ スタークがよく来ます。

ああ、有名なアーキテクトのフィリプ スタークさんはこのブラノが好きで、このブラノに家をお買いなったそうですね。

そうです。この島に四つ家を持っています。よくここで過ごしますよ。本当にここが好きなんです。彼はアーキテクトといわれるより、デザイナーといわれる方が好きみたいですよ。自分でそういってます。彼はうちの料理が好きで、よく来ます。

ヴェネチアには他にも古いレストランがありますか?

4世代に渡ってやってるところは他にないです。このダ ロマーノは、イタリアの200の歴史店の一つとして認められています。ヴェネチアで他にこの歴史店として認められているのは、カフェフローリアンと、カフェ ラヴェーナだけのはずです。ここで、ヴェネチア料理が生まれたと言っていいわけですよ。ミシェランの星がいくつとか、みんなよくいいますが、たいていのあんな味は世界のどこに行っても食べられます。いろいろなガイドブックが、通りがかりのツーリストや、少しだけ滞在した外国人などによっていっぱい書かれて、行き当たりばったりに行ったレストラン、ここがいいあそこがいいなんていいますが、ヴェネチアのことをよく理解していないと思いますよ。これは奥が深い世界です。今日や昨日来た外国人が簡単にわかる世界ではありません。

クリエイティブ キッチンとかいいますが、テレビはこういうシェフでいっぱいですが、今のヴェネチアもこういうシェフが次々来てーシェフってサーカーの人気選手みたいなものですからね、移動も速いんですよー次々とすました手品みたいな料理を作って、行ってきた人はよくわかってないから、「ああ、すごいものを食べた」なんて言いますが、僕は笑ってしまうんですよ。料理っていうのは、あんなものじゃないと思うんですね。

食べ物と言うのは後ろに長い歴史があるものだと思うんです。僕らはこのラグーナに生まれて、ラグーナのものを食べてきました。だから、ヴェネチアの食べ物と言うのはこのラグーナの味でないといけないのです。ラグーナの味はおばあさんや、お母さんの味です。僕らはだからこの味に凝ってるんです。絶対譲らない。昔からの味を変えたくないんです。

一つには、ヴェネチアは回転が激しい。多くの店の経営がすぐ代わってしまう。エジプト人が店を持ってたり、ヴェネチア人が持ってても、キッチンに入れば、モロッコ人とか、クロアチア人ばっかりだったり、儲けることばかり考えますからね、誰も味を守っていこうなどと考えない。味と言うのは本当に微妙なものです。一つのレストランがずっとそのまま続いていくには、そこで働いている人がそのままずっと続いていかないと同じ味は保っていけません。そういう意味では、すぐ持ち主が変わるヴェネチアのレストランは有名でも、味は変わっていきます。そうそう、見に来なさい。この人を見てください。

(ルイジさんは私を立ち上がらせて、少し奥のテーブルのところに連れて行きました。そこでは、年配の人が、スキエの殻をむいていました。)

知ってますか?このブルーノは50年間、スキエの殻を取る仕事をしてきました。ブルーノは(ブルーノさんはにっこり笑いました)、もう朝から2時間半、こういうスキエの殻を剥いてるんです。スキエの殻をむくために50年前この人を雇いました。ですから彼は50年間スキエやエビの殻むきをしているのです。スキエ知ってますか?

ああ、スキエですね。知ってます。 

知ってますか、このヴェネチアのラグーナだけでほんとうに美味しいスキエ(エビに似たもの)が捕れるんですよ。

スキエとポレンタは有名ですよね。

でも、今本当にこうして、ラグーナで捕れたスキエを出しているところはほんのわずかです。今はもう、真空パックを開ければ、きれいに皮を剥かれたタイや中国産のスキエがいっぱい売られてます。真空パックを開ければ、1秒でこのお皿ができてしまう訳です。もちろん味はまったく違うのですが、スキエを食べたことのない人はタイのものでも気がつかない訳です。わかりますか。これだけのものを向くのに約3時間かかります。前菜で今、よく、魚のカルパッチョ(生魚)を出しますね。あんなのまったく簡単です。マグロの真空パックを開けて、機械でスライスすれば、1分でできます。誘惑されますよ。あんな簡単なものはない。こっちは3時間の仕事、向こうは1分です。でも、僕らは僕らの味を守っていきたいのです。

ここで食べられるもののお話をしていただけますか?そのお母さんやおばあさんの味のことを話してください。

まず、リゾット アッラ ロマーノ、ゴ(gò)のリゾットですね。他ではめったに食べられません。これは、ヴェネチア人なら昔はみんな食べてたものです。

そうですね。今では難しいですね….そういえば、クアドリでは食べられますね。

ええ、クアドリのラッファエロは僕の友達です。よくここに食べにきます。だから彼もちょっとヴェネチア料理をしたいんですよ(ここで、ルイジさんはちょっとアイロニックに、ちょっとラファエロさんをからかうように、ウインクしました)。最近ゴのリゾットもまねて始めたんですよ。

どうしてこんなに難しいのですか?

ごと言うのは、とても貧しい人の食べ物でした。ゴはラグーナに住んでる魚です。小さい魚で骨ばかりで、食べるところがないから、昔から、貧しい人はこれでスープを出してたんです。だけど、とってもおいしいスープができます。このデリケートな味は他のどんな魚でも出ません。でも今はこんな魚を料理する人がいません。貧しい魚ですから、売ったって、利益にもならないから、もう市場に行っても売ってませんよね。僕は今でもこれを手に入れることができます。このゴで作ったリゾットは最高ですからね。あと、ボンゴレやムール貝、カペルンガなどの貝の前菜、イカスミのスパゲティー、ヴェネチアではうちがオリジナルですよ。とくに美味しいのは、グランセオラ(ラグーナの蟹)ソースのタリオリーニパスタ、パスタは手作りです。今では手作りパスタを出してるところはほとんどなくなりました。他には、魚のフライ、魚のグリル…..知ってますか、うちは唯一ベネチアで、ほんとうの炭焼きのグリルを出します。誰もグリルがないから、他のどこにも炭焼きはありません。あとで、キッチンを見せますよ。

ブラノは、ブッソライ、クッキーでも有名ですよね。美味しいから、私もいつもこの島に来たら買います。

あなたが買うのは、家で作ったものは比べ物になりませんよ。うちのは手作りです。

どこが違うんですか? よくレシピの問題だといわれますが….これって秘密とか聞きましたが….

レシピを知りたかったら、教えますよ。でもレシピの問題じゃないんですね。中に入るものの質の問題です。それをどう調理するかの問題です。

そうですね、この前、私の友達が山から帰ってきて、山のマルガで放牧の牛の牛乳から取ったバターで作ったパイを作って食べさせてくれました。まるで天上の食べ物のようでした。

そうなんですよ、うちのものは何もかも、それこそ材料に凝ります。それとあらゆる料理の過程に凝ります。この写真を見てください。(このとき壁にあった写真を見せてくれました。ここのシェフがリゾットを作っているのですが、そのリゾットが80cmも鍋から放り上げられて、柱のようになった瞬間を取ったものでした)これは、米の柱です。

どうしてですか?

これはリゾットの一つ一つの米つぶを同じ温度で料理するためです。中はどうしても温度が高くなります。それを冷めさせて温度を均一にするためです。リゾットのおいしさはなんといってもどの米粒も外はクリーム状態だけど、中は、しっかりしてないとおいしくありません。こうしないと一つ一つの米粒が美味しくならないのです。

えーっ、たいへんそう!

僕のシェフに取っては何でもないことです。一日こうして100以上のリゾットを作ります。ところで、味に取って大事なことはさっき行ったように同じ人がずっと仕事を続けることです。僕のシェフはもう30年以上ここで働いています。他のコックも全部ブラノか、でなければ、カバリーノから来てます。僕が最後に雇ったウエイターは25年前のことです。一番新しいウエイターはだから25年働いています。

一つの心配は、今でもこうしてインタビューしてる私の心配でもありますが、人にあまり知られるようになると、人がたくさん来て、その店が変わってしまいますね。ヴェードヴァなんかも昔はヴェネチア人の気楽に行けるオステリアでしたが、今では観光客に占領されて、値段も高くなって、騒がしくて、まったく変わってしまいました。

 重要なことは中で持ち主が働き続けることです。僕たちは家族5人、中で働き続けています。ディレクターに経営を任せるなんてとんでもないことです。持ち主が愛を持って毎日管理していかない店は衰えます。ヴェドーヴァは今でも同じ人がやってますけどね。ただ、もう一つは、どうしても観光客に頼っていかないと今ではレストラン経営はできません。昔20年前は、うちの客もほとんど全員ブラノ人かヴェネチア人でした。でも考えてみてください。昔は十五万人だったヴェネチアの人口が今六万を切れています。経済危機は、またヴェネチア人達をも貧しくしました。昔、ここに来ていた人々は、もう亡くなったか、年取って年金生活者になってしまいました。今、このヴェネチアで簡単にいつもレストランに行ける人と言うのは限られてます。こういう条件の中で、今では観光客がきてくれなければ、この一番古いレストランを続けていくことはできません。それだからこそ、観光客が、こういう料理がどれほど貴重かをわかってくれることが大切です。

僕たちは愛を持って、昔の料理を守り続けています。もちろんこれは手のかかる料理です。食べる時は何でもないようでも、裏には細心の注意を込めた長い仕事があります。今では質のいいものは値段も上がりました。それ相応の値段を出さないと、こうした料理は食べられないのですが、これからも、ヴェネチアの味を伝統をわかってくれる人々が来てくれることを望みます。僕らはお金儲けが目的ではありません。僕らはこの古いレストランを守り続けていきたいのです。これは僕らのアイデンティティーであり、僕らの誇りでもあり、僕らの人生そのものです。

ダ ロマーノ (ブラノ島)  tel 041/730030

(夏行くとブラノはものすごく込みますから、ダ ロマーノは、誰もブラノを訪ねなくなった冬にここを訪れると、本当にその良さを味わえます/筆者)

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筆/ヴェネチア 公認ガイド 田口やよい

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