ネロ皇帝の黄金の舘公開/ローマ

ネロ皇帝の黄金の舘公開/ローマ

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ネロ皇帝の黄金の舘(ドムス アウレア)が、土日、週末一般公開されることになりました。

2011年に最初の調査が行われたあと、2012年にローマ文化遺産保護局が初めて内部に入り、今、修復が始まっています。まず何よりも構造強化の工事から始められていますが、資金不足のため、なかなか進まないので、修復のための基金を集めるため、週末、限られた人数の(25人)一般人、観光客に公開することが決められました。もちろん、ヘルメットをかぶっての、限られた場所だけの公開ですが、興味深いものです。

ドムスアウレア、黄金の舘は、ネロ皇帝の舘として著名なものです。最初に発見されたのは、1400年の終わりでした。以降ヨーロッパのあらゆる建築技術、装飾、絵画、壁画、彫刻に影響を与えた重要な建物です。ギランダイオや、ピントゥリッキオなども、小さい穴から中に入り、レオナルドや、ミケランジェロももちろんこの中を見に行き、その後のルネッサンス芸術の源と言ってもいいものです。有名なグロテスク装飾は、(ローマ、ルネッサンス期の植物などをデザイン化した装飾)この舘の一部、エスクゥイリーノのグロッタ(洞窟)の装飾から出てきています。

紀元後64年のローマの大火事のあと、建築が始まります。ちょうど今のコロッセオのあるあたりがネロ邸の場所です。ネロ皇帝は火事の前から、大きな舘を作る計画を立てていますが、ローマが火事でほとんどが焼けてしまったあとは、もっと大きな邸宅を立てるプロジェクトがされます。ほとんどローマの半分がネロ皇帝のものになります。多くの民衆の家が壊され、民衆の反感が強くなります。ネロは自分の家を造るためにローマに火をつけたと言うようになります。この民衆の反感心を他にそらすために、ネロ皇帝は、キリスト教迫害を大々的にするようになります。聖ピエトロはこの時十字架にかけられて殺され、聖ピエトロのお墓の場所が巡礼地になり、その上に今日のバチカンの聖ピエトロ寺院が建てられのです。

ドムスアウレアの設計をしたのはセヴェロとチェレレという建築家達でした。あまり知られてはいない建築家達でしたが、彼らの設計は壮大で、冒険に満ちたものでした。ドームスアウレアは、湖もあって、真ん中に船が浮かべられ、海戦もできるようになっていて、正面玄関から入ったすぐの場所には遠くからも見える30メートルもあるネロ皇帝の神像が設置されました。無数の部屋が作られ、あらゆる場所に庭が開け、部屋の壁は宝石が埋め込まれたり、天井は象牙で作られて真ん中が開くようになっていて、そこから、すばらしい香りのするバラの花びらが中にいる人の上に落ちてくるような仕組みにもなっていました。この舘の中心はなんといってもは八角形型のサロンでした。これは建築学的にも革新的なもので、八角形の部屋が円形のドームで終わるようになっています。この天井の中心から光が落ちて、壁を這い上るような照明効果があって、革新的な発明でした。ドームスアウレアの内部はネロ皇帝が集めた彫刻などの芸術品で覆われ、古代からの初めての美術館と言ってもいい建物でした。少し前までは、これを味わうことができたのは皇帝だけのものだったと言われていましたが、最近は、この一種の美術館、限られた人だったに違いありませんが、市民も入ることができたと言われています。

 

修復中ですから、時には中止されることもありますが、ほとんどの週末は見ることができるようになっています。予約が要ります。

修復に貢献するためにも見に行ってあげてください。

予約 tel. 0039.06.39967700  (月-金 9:00-18:00 / 土 9:00-14:00)
サイト予約 www.coopculture.it

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筆/ヴェネチア 公認ガイド 田口やよい

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