セガンティーニ/展示会/ミラノ/パラッツォ レアーレ

セガンティーニ/展示会/ミラノ/パラッツォ レアーレ 

(9月18日/2015年1月18日)

靴下を編む女性/Giovanni Segantini/1888/油絵/チューリッヒ/Kunsthaus

靴下を編む女性/ジョワンニ セガンティーニ Giovanni Segantini/1888/油絵/チューリッヒ/Kunsthaus

Giovanni Segantini/柵のそばで/1886/ローマ/Galleria Nazionale d'Arte Moderna

ジョワンニ セガンティーニ Giovanni Segantini/柵のそばで/1886/ローマ/Galleria Nazionale d’Arte Moderna

 

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今、ミラノで、ジョワンニ セガンティーニ の展示会が行われています。

1800年代後期の絵は、日の光の温かさや、草の臭いまで、伝わってくるような味わい深い絵がたくさんありますが、このセガンティーニもとても才能のある画家です。

セガンティーニの幼少は、そのころの小説を読むようでもあります。貧しい家に生まれ、母は早く亡くなってしまいます。父親にも置き去りにされ、1870年には、放浪の罪で少年院に入れられます。ここで3年過ごしたあと、腹違いの兄のいるボルゴ ヴァルスガーナに行き、この兄がやっていた写真屋の手伝いをします。ここで写真も学びますが、この頃から絵を描き始めます。1874年から1877年まで、ミラノに行き、小道具デコーレションなどを手伝いながら、ブレラのアカデミア美術学校、夜間部で、絵を学びます。このころ、エミリオ ロンゴーニなどにも会い、部屋を分ちますが、貧困に苦しみ続けます。1877年のブレラ展示会に参加して、ヴィットーレ グルビチーに認められて、その保護の下で、初めて経済的な苦悶から解放され、絵に集中することができるようになります。このころから山のブリアンツァに住むようになります。ヴィットーレ グルビチーは、彼自身もアーチストでもあり、芸術評論家でもあり、メチェナーテ(芸術庇護者)でもありましたが、このグルビチーは、また、イタリアの印象派と言ってもいい、ディヴィジィオニズムの主張者でもあり、このグルビチーを通じて、セガンティーニは、ディヴィジィオニズムに近づきます。

1881年から1886年まで、ブリアンツァに滞在した頃、もっとも生き生きとした、自由な絵を描きます。

牛小屋への帰宅(1888 Kustmuseum, Basel)

両方の母(1889 Milano Galleria dell’arte Moderna)

などがこの頃の代表作です。ディヴィジィオニズムのテクニックを使いながら、山の自然、農民、動物などを、深い視線でみつめて、描きます。

1888年には、ロンドンのイタリアン エグジビションに参加し、ウイーン分離派などとのコンタクトができ、その影響を受けます。

この頃から、シンボリズム的な絵を描くようになります。

1894年から、再び山のエンガディーナに住むようになります。孤立した生活ですが、画家としても認められ、絵の価値も上がってきたころです。パリの展示会のために、エンガディーナの風景の大きな絵をプロジェクトしますが、1899年、41歳の若い生涯を閉じて、完成を見ませんでした。

ミラノに行くのなら、見落とすのはもったいない展示会です。

展示会

このイタリアディヴィジオニズムの重要な画家の絵の、全体を把握することができる今回の展示会です。

展示会は、8つのセクションに別けられています。

–初期(ミラノの街の風景など)

–自画像

―静物画

ー自然と農民の生活

ー自然とシンボル

ー母性

ー文学から

ー三連画

期日/18/09/2014−18/01/2015

月曜/14,30-19;30 火、水、金、日曜日9;30-19:30/木、土曜日(最後の入場時間18:30)

大人12ユーロ、学生、10ユーロ

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筆/ヴェネチア 公認ガイド 田口やよい

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