美少年アンティノーの彫像/ヴェネチアのグリマニ邸の彫像は、オリジナル?

 

アンティノー グリマニ邸、ヴェネチア

アンティノー グリマニ邸、ヴェネチア

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アンティノー(オシリス、古代エジプトの死の国の神として表されたアンティノー、バッカスとも言われるが、四角の髪飾りは、エジプトの神の印)グリマニ館 ヴェネチア

 

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ローマの皇帝、ハドリアヌスに愛された美少年アンティノーの半身像が(ヴェネチアのグリマニ館)、今までずっと、1500年代のレプリカと考えられていましたが、今、ローマ時代の本物の半身像と認められる説が、こうしたことに詳しい人々の間で話題になっています。世界にたくさんあるアンティノーの彫像の中でも最も美しいものです。

1800年代のカタログでは、とても才能のあるルネッサンスの彫刻家の手によるレプリカだと記録され、それ以降、この説が受け入れられてきました。これは、彫刻自体のとてもいい保存状況によっても裏付けられることですが、それ以降ほとんど、研究されないままこの説が唱えられてきました。それでも近くで見ると、オリジナルと言っていい感じがします。ただ、彫刻の下の台は、上の彫像と一続きのブロックの大理石になっていて、この台はルネッサンススタイルで作られていますので、今、簡単にwebなどで主張されているようにオリジナルと言い切るのは難しいのですが、それでも、そばでは、ほんとうにオリジナルと言いたくなるような迫力があります。

記録では、豹(ひょう)の皮と共に、アンティノーの彫刻が、ラヌビオでいくつか発見されます。その後、消息を絶った彫刻は、このうちの一つだけがフィレンツェで発見されます。このヴェネチアのアンティノーはこのラヌビオで見つかった彫刻のうちの一つのレプリカだと言われます。長くサンマルコの考古博物館にあったのを、最近のグリマニ館修復のあと、この邸宅に移されたものです。

数年前修復が終わったばかりで、そのあと初めて一般公開されるようになったこのヴェネチアのグリマニ邸はすばらしい邸宅ですが、この邸宅自体がまだあまり知られてなくて、ましてこのアンティノーのことは、まだほとんど一般には知られていません。このアンティノー、レプリカだとしても、古代からの稀な名作のレプリカで、そのできもすばらしいもので、オリジナルと今でも混同されるものです。

 

アンティノー

アンティノーはギリシャのビティニアの生まれでした。紀元後124 年にローマ下にあったこのあたりを皇帝の軍隊が通った時、アンティノーは、ハドリアヌスに会う事になります。

皇帝のこの美少年への愛は特別だったと言われます。その後どこに行くにも、アンティノーはハドリアヌスのお供をします。

ギリシャ時代から、少年愛は、教育の一環と考えられていました。教えるものは教えられるものを完全に保護し、教えられるものにとっては、完全な自己放棄が要求され、この中に性も含まれていました。

ホモセクシュアリティーに対する寛大さというよりは、特に男性優先文化だったローマ人にとっては、自分の下の階級はその上に君臨するものでした。そうした意味で、ローマでは、奴隷も、女性も、少年も、性の対象になったのです。奴隷が鞭で打たれ、時には家畜のように殺される家の中で育った人々が、アレーナの中で血に夢中になるのも無理のない文化でした。

こうした文化の中で、少年愛はむしろ崇高なものと考えられていました。

アンティノーは130年にナイル川で溺れ死にます。これについては事故だったという説もありますし、あまりのハドリアヌスののめり込みに嫉妬をした誰かに殺されたという説もありますし、一つには、予言で皇帝の命を長引かせるために犠牲にされたとも言われます。

アンティノーの死後、ハドリアヌスの嘆きがあまりにもひどいので、このために非難をする人も多くいました。ハドリアヌスはアンティノーが死んだ近くの街をアンティノーポリと名付け、アンティノーのための神殿を、ティボリの邸宅に作ります。

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筆/ヴェネチア 公認ガイド 田口やよい

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