コロッセオ 驚きのスタジアム (その3)、グラディエーター

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Barack Obama meets Pope Francis

www.nanopress.it

IMG_8815「すごい、今一番大きな野球場より広い!」

今年三月にオバマ大統領がローマを訪ねたとき、コロッセオを見に行き、発言したこの言葉が、メディアで、大きくとりあげられて、オバマの無知、あるいはアメリカ人全体の無知を少し皮肉る記事などが、多く書かれました。

コミックCrozzaなどは、今でも、このオバマの言葉を応用して、あからさまではなく、笑うことを忘れません。

「大学で、美術史なんかを学ぶよりは、技術学校に行って、手に職をつけた方がいい」と発言したオバマだから、仕方がない、それにアメリカにはこんなふうな古い芸術遺品はないから、そんな風な発言をするのは、無理もない」などと書かれたりします。

実際は、どちらかというとオバマ大統領の言葉はある意味で的を得ていました。

かつて、コロッセオは、野球場や、サッカー場と同じようなものでした。

今ちょうどサッカーのワールドカップがブラジルでおこなわれていますが、ゴールの時のあの歓声、あれと同じ狂喜した歓声が、かって、コロッセオを満たしていました。

コロッセオの中で、グラディエーター達が戦い、動物と人間の闘争がおこなわれ、無意味な動物の殺戮が繰り返され、罪人達が殺され、戦いは見せ物であり、死はその条件でした。そして、血が流れると、民衆は歓喜して、興奮の叫び声をあげました。

コロッセオは、歴史が残してくれたモニュメント、芸術ではありますが、このほんとうの歴史的な意味を理解できなくなった現代人は、ほんとうにこの建物を理解できなくなっていると言っていい訳です。そういう意味では、オバマを単に皮肉っているだけの今のジャーナリスト達も、ある意味でひどく無知になっている訳です。

さて、このコロッセオの中でおこなわれた殺戮の中で、今の私たちが割りとよく知っているのは、なんといっても、映画などの影響もあって、グラディエータ–の闘いでしょう。

グラディエーターは今日で言えばサッカーあるいは野球選手のようなものでした。半分ぐらいは自分の意思でグラディエーターになる人もいましたが、多くは、奴隷でした。ローマはその国境の拡張を続け、多くの民族を征服していきます。征服された民族が奴隷になり、その労働力がローマの経済の石油でもあり、モーターでもありました。

グラディエーターを、スカウトするのは、専門の業者でした。今のサッカーのチームの選手がスカウトされるように、才能のある、肉体的にも優れた男達がスカウトされ、特別な訓練がされました。スカウトした業者はもちろんパトロンで、グラディエーター達には完全な忠誠が要求されました。こうして非常に厳しい練習に耐えた訳です。奴隷階級にあった人々にとっては、スカウティングされるのは自分の人生を変える救いの機会でもありました。ただこの機会は、死を前提にした機会でした。といっても、戦いのたびに常に誰かが殺された訳ではありません。こうした見せ物はスポンサーがお金を出しますが、グラディエーターが死ぬとスポンサーはその価値だけの金額を、パトロンに払わなければいけなかったので、普通本当に死ぬ可能性があったのは、10回に一回ぐらいと言われています。

多くの場合闘いは政治的な意味があって、特にコロッセオでは皇帝が生と死を与える権力が最終的にありました。民衆は叫び声で、この判断に影響を与えることができました。

皇帝の親指が下に向くと死を意味していました。死を宣告された、闘いに負けたグラディエーターは、相手に向かってのどを差し出します。一切りで首が切られ死んでいく訳です。これは苦しまないための情け深い死の方法でもありました。このあとは仮面をかぶった係り達が出てきて、火あぶりした熱い槍を体中に差し込みました。最後のとどめでした。

グラディエーター達は今日のサッカーや野球選手によく似ていました。とても人気があって、コロッセオの中でも、ミニチュアの彼らの彫刻や、いろいろグラディエーターに関するお土産が売られていました。女性にもものすごく人気がありました。性的にわりと自由を持っていたローマの未亡人、離婚した女性などは、グラディエーターとの夜をお金で買うこともありました。

グラディエーター達は英雄でした。死を恐れないこの男達は女性達にとって、たまらなく魅力的な存在だったようです。

この魅力は女性だけに影響していた訳ではなく、グラディエーター達は、特別な存在で、その血は病気を治したり、ヴィアグラのように性力効果があると信じられていて、けがをすると傷から血が集められ、それが高価なお金で売られました。

闘いに勝つたびに、グラディエーターの給料は上がっていき、時にはとても裕福になったグラディエーターもいます。

関連記事/コロッセオ驚きのスタジアム(その1)、(その2)/ホームページ http://italiavenezianewsblog.wordpress.com /カテゴリー、ローマ

グラディエーターに関しては、現代的なロマンシズムに満ちてはいますが、面白い映画が、Ridley Scott 監督の 「グラディエーター」です。

 

下でコロッセオでの闘いが見られます。皇帝が殺されるシーンは、残忍なシーンであるにも関わらず、感動的な詩的なシーンです。このシーンの中で、マッシモ役のRussell Croweと、皇帝役のJoaquin Phoenixが闘いますが、二人とも、顔のどの筋肉の動かし方、一つ一つの視線、体の動かし方など、どこにも、文句のつける場所のないすばらしい演技です。この闘いの短いシーンのなかで、勇気や、卑劣さ、権力への恐れ(囲ってる兵士達)、死、死に対する恐れ、死を恐れない勇気などが、表情だけで繊細に表現され、シーンの物語性を超えて、人の存在の本質に届き、Ridley Scott 監督の才能がうかがわれます。Amethystium のミュージックもすばらしいものです。

http://youtu.be/a8Tj3qlh6o8

監督/Ridley Scott (イギリス生まれ)

制作/Universal Pictures e Dreamworks Pictures

主な俳優/Russell Crowe, Joaquin Phoenix, Connie Nielsen, Richard Harris, Oliver Reed

時間/155分

初演/2000年

賞/ 5つのオスカー賞取得

荒筋

映画は、マッシモ(Russell Crowe)が率いるゲルマンでの蛮族との闘いのシーンで始まる。マッシモは優秀な隊長で、この闘いの勝利を収める。マッシモをよく知っているマルコ アウレリオ帝 (Richard Harris)は、戦いの後、年を取った自分の生涯がもう長くないのを予感して、息子のコモド(Joaquin Phoenix)ではなく、マッシモを後継者として選ぶ。これを知ったコモドは、父を殺し、マッシモもマッシモの家族も殺すことを命令し、皇帝になり、ローマに入る。マッシモはコモドが送った兵士の手を逃れ、家族を気遣って家に帰ると、妻も息子も惨殺されているのを見つける。絶望したマッシモは身分を隠して生きる身になり、奴隷商人に連れられていかれ、マルコ アウレリオ帝によって自由な身分になったグラディエーター、プロキシモに売られる。プロキシモはグラディエーターを扱う業者で、マッシモはグラディエーターとして闘うことになる。もともと武力の優れたマッシモは、すぐにその才能を見せ、プロキシモの最も好みのグラディエーター になる。コモドがコロッセオで、大きなお祭りの闘いを計画し、これにプロキシモはマッシモを連れて行く。難しい闘いだが、マッシモは経験もあって、いっしょに戦うグラディエーター達を指揮し、うまく闘い、だんだんと人気が出てくる。マッシモの人気があまり高くなって、民衆の英雄になるのを恐れたコモドはマッシモがアレーナで殺されるよう策略するが失敗する。

一方、コモドの妹のルチラ(Connie Nielsen)は、グラッコ元老員とともに、マッシモを救うために、グラディエーター達の暴動で、コモドを打ち倒す計画をしているが、これを知ったコモドはグラディエーターを皆、殺してしまい、マッシモをアレーナで、民衆の前で殺すことに決める。マッシモは傷を負っていたので、コモドは自分が勝つことを疑わなかった。しかし、コモドに対する恨みに満ちたマッシモは最大力をふり切って、コモドを殺す。しかし深く負った傷のためにマッシモも死んでしまう。死ぬ前にマッシモは神々に愛される人々が住む場所、カンピ エリージの美しいビジョンを見て、そこに死んだ家族がいるのを確認する。

 

筆/ヴェネチア 公認ガイド 田口やよい

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